最新のツイート:

*71

ddnjapan:

まさに異形「サグラダ・ファミリアの内部空間」に心が震える | DDN JAPAN http://bit.ly/103UXwd

(gearmannから)

*29
*37

"『能力を持った人は努力する人に勝てない。努力する人は楽しむ人に勝てない』という言葉がある。この言葉の解釈はいろいろありうるが、私は、楽しむことによって、勝つ/負けるといった意味はなくなる、というところにポイントがある"

(金成垣:東京大学社会科学研究所助教授)

mefamanagement(via kml)

これは素晴らしい名言ではないか。

(via toby-net)

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(via h-yamaguchi)

noahkalina:

Toro Y Moi for Tepsic20130213

noahkalina:

Toro Y Moi for Tepsic
20130213

*76

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ミルクカフェの閉鎖のお話とか読んでると、中小規模のwebサービスを継続させて行くこというのの難しさを感じます。

ユーザー数が数千から数万人くらいの規模が一番苦しいサイズなんじゃないのかなあと*1。そのまま運営を続けられるか続けられないかの境界線がそこらへんのサイズにありそう。

数百人くらいだと、人的負荷もサーバーとかの負荷もそれほど大したこと無くて、片手間で対応できる。なので収入を確保しなくてもお小遣い程度の出費で済むし、精神的にも楽ちん。

だけど、数千から数万人が利用するようになってくると、対応しなきゃいけないことが片手間に収まらなくなってくる。人間負荷もサーバー負荷も本腰入れないと対応できなくなって来る。それはクラウドを利用すれば解決する、とかいう単純な話じゃあ無い。クラウド利用がタダなら話はちょっと違うけど。精神的・時間的な負荷増は避けられない。


で、本腰を入れて対応するということは、それだけの収入を確保するということと同義で、それだけの収入を確保するというのは、中小規模のwebサービスには非常に難しい。

広告収入だけでまとまった収入を確保できるようになるのは、数十万人以上の利用者がいて、一般認知度がそこそこ得られるようになってからだと思う。GoogleさんのAdsenceはとても画期的なんだけど、まとまった収入を得るには、限りなくスパムに近いサイト構成にするか、見た目を犠牲にしたり、間違ってクリックするくらいの場所に貼ったりと、方向違いの努力をしなくちゃいけないし、それで誰が幸せになるのかも良く判らない。

なので、一気に数十万人確保できるような環境じゃ無い限り、広告以外で地味に収入を得る仕組みを構築していかないと、数万人くらいになったあたりで運営が困難になってくる。

自分が運営から離れる場合にも、負担が有るだけじゃ誰かに運営を譲ることも難しい。


というわけで、数千人から数万人という中小規模のサイトが、不景気もあってどんどん閉鎖していくのを見ていて、誰も自分の作った思い入れのあるサイトを閉鎖したいわけないのに、閉鎖せざるおえないという運営の難しさを感じたというお話でした*2

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日蝕・中小規模サイトがパタパタ閉鎖するのを見て - 妖精ホルモン (via petapeta)

(h-yamaguchiから)

"昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば、一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識していたが、手が届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。それが「大人になる」という事だった。

いま、世界は事実上、無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る、そういった事も、そう難しい話ではなくなった。広がりすぎた世界にいると、好奇心は満足することがない。飽きることがない。「好奇心を失うこと=大人になること」だった時代は、そこで終わりを告げる。世界は無限だ。昔の大人から見れば、彼らはいつまでたっても子供のままに見えるだろう。"

あるべき大人像を模索していく - 狐の王国 (via shibata616)

(h-yamaguchiから)

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子供の頃はガマン辛抱が「正しい」と教わったが、大人になって実感したのは、自分のワガママを自然に優先できる人のほうが、継続的安定的に自分を律する事ができやすい、ということだ。世間や「内なる他者」の評価を怖れて願望を押さえ込むタイプの努力は、最終的に依存や言い訳の海に流れ込みやすい。

どこかで「あることがうまくできない人は、自分が感じている(はずの)不快感に対して鈍感」みたいな一文を読んだ。自分が今まさに不快だと感じている、ということに気づかない、というのは、つまりワガママを無視してきた結果なんじゃないかと思った。

(石井ゆかり)

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Twitter / ishiiyukari: 子供の頃はガマン辛抱が「正しい」と教わったが、大人に …

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